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田中直子さんのミラノ通信vol.2 – Atelier dell’Errore2018.04.11

 

ブレラアカデミーのItalo Chiodi教授がAtelier dell'Erroreという精神障害を持つ子供たちが通うアトリエがあることを教えてくれた。Atelier dell'ErroreのディレクターLuca Santiago Mora氏はChiodi教授の友人とのことで、私に紹介してくれたのだ。私が見学を懇願したこともあり、忙しいスケジュールの中やっと2018年1月30日にアトリエを見学させていただけることができた。

 

Luca Santiago Moraさん。アトリエにて。

 

見学当日、Luca Santiago Moraさんは駅まで私を迎えにきて下さった。Atelier dell'ErroreはReggio Emillia AV Mediopadana駅から車で15分程の場所に位置するマラモッティコレクション(美術館)の中にある。途中車でMax Maraの巨大な工場の前を横切り、Reggio Emilliaにはイタリア・モーダの代表格Max Maraのスピリットが深く根付いていることを再認識しながらアトリエへと向かった。アトリエはマラモッティコレクションの3階に位置する。

 

マラモッティコレクションはMax Maraの創立者アキーレ マラモッティ(Achille Maramotti)のアートコレクションを展示しているプライベート美術館だ。実際私はここマラモッティ美術館に来たのは今回が3回目である。1回目は一人で個人見学、2回目は学校の遠足で訪れた。学校の遠足の時は興味深いワークショップを体験(ここでは割愛するが)したことが記憶に残っている。基本的にマラモッティのコレクションは現代アートだ。アルテポーベラなどの60年代以降の作家たちがコレクションされている。マラモッティ財団は若手アーティストのためのアワードの実施や企画展なども積極的に行っている。

 

アトリエの中

 

そもそものAtelier dell'Erroreの活動は2002年から始まった。ビジュアルアーティストとしても活動しているLuca Sentigniore Moraさんはレッジョエミリアの精神神経医学部と連携し、そこから紹介された18歳以下の子供たちが活動できるアトリエをレッジョエミリアで行っていた。2011年にはONLUS(ノンプロフィット団体)となり、2013年にはベルガモにもアトリエを設けた。しかし、彼はこれまで一緒に活動してきた子供たちが成長し、18歳を超えた時、活動できる場所がない(活動が18歳までしか援助されない)ことに気づき、活動を継続させるためにレッジョエミリアのマラモッティ美術館に協力を要請、2015年よりマラモッティ美術館の一部に属することになった。

 

よって彼は現在3つのアトリエで仕事をしている。レッジョエミリアに2つ、ベルガモに1つだ。マラモッティに属するアトリエには18歳から23歳ほどの子供たち(子供と言っていいのかわからないが)が活動しており、あとの2つのアトリエ(ベルガモとレッジョエミリア)には18歳以下の子供たちが通っている。アトリエの活動は15人前後の人数で、グループで絵を描いたりしている。アトリエの参加費は無料で、どんな障害を持つ子供でも入会することができる。

 

 

「ここのルールはアニマルだけを描くということ、そして消しゴムは絶対使わないということだ」

 

ここにはちょっと変わったルールが存在する。それは描いていいのは「アニマル」だけということ。Luca Santiago Moraさんはアニマル(私が思うに、ここで言うアニマルは「動物」だけではなく、「生き物」全般の意味を含んでいると思う)の体は面白いと話す。様々な体のつくりや、角度や向きなども変形したり、面白い部分がたくさんある、そして私たち人間もアニマルだ。一口に言っても様々な見方が存在するし、様々な可能性がある。また、ハンディキャップを持った子供たちには活動時間も決められているため、アトリエへ来たら何を描いたらいいか既に決まっているということが重要なのだそうだ。毎週ここへ来て課題をその都度決めることは彼らにとってはとても難しいことなのだ。

そしてもう一つのルールは、消しゴムは絶対使わないということである。「全てのミステイクには価値がある」これがLuca Santiago Moraさんのモットーなのだ。

 

アトリエに展示されている作品はみんな大きかった。制作に何ヶ月も費やす作品もあれば、1ヶ月くらいで作ってしまう場合もあるのだそうだ。

 

「ここでは、一人の子供が全部行うのではなくて、オーガニゼーションになるように心掛けている」

 

 

Luca Santiago Moraさんは一人一人が得意な部分を生かすことが大切だと話す。例えば、絵を描いた人と、題名をつけた人が異なっている作品もあった。絵を描いたグループがタイトルは今日休んでいる男の子につけてもらわなくちゃ、と言い出し、次週その男の子がその絵を初めて見てタイトルを付けたなんてエピソードもある。

 

 

「子供には、難しいことは教えない。アドバイスとかもしない。ここは美術の技術学校ではないから」

 

ここでは鉛筆やペンが主な素材だ。油絵の具や水彩で制作は行わない。極めてシンプルに、子供たちに制作に迷わず取組んでもらうことが重要なのだろう。

 

 

「子供の病気は人それぞれ。自閉症の子もいる。ほとんどがイタリア人だけど、アフリカ人など様々な子供がいる。でも子供がどんな障害を持っているかということは僕にとって重要ではないんだ」

 

Luca Santiago Moraさんは参加している子供たちがどんな病気をもっているのかあまり興味はないらしい。また、彼は福祉やアートセラピーに関する分野ともこのアトリエを差別化している。アートセラピーのように専門家が子供の絵を読み取って、子供が何を言いたいかを理解するという行為は彼が意図していることではない。子供はこの絵の中に自分を表現する。それをどう受け取るかは私たち次第で、問いかけであると言う。それこそが大事なことであって、この絵に対して人々がどう感じ取るかは自由なのだ。

 

 

「アウトサイダーアートやアールブリュットっていう言葉はあまり好きじゃない。その言葉自体がラベルとして、作品をカテゴライズしているようだし。私は彼らをアーティストとして独り立ちさせ、プロフェッショナルなアーティストにしたいと考えている」

 

Atelier dell'Erroreのような活動はイタリアでもまだまだ珍しいという。「障害」と使うと色々と語弊が生じそうだが、私たちの人間誰しも全く異なる容姿をしているように、「障害」もある種その人の個性の一部なのではないだろうか。アウトサイダーアートだから面白いと言うよりは、ある一人の個性から生まれたアートにすぎないのではないだろうか。Atelier dell'Erroreの展示や出版物はとても洗練されていてクールだ。そこからは、障害者を守るようなホスピタリティを重視したデザインや色物扱いするような印象は全くない。例えば現代アートを展示するようなホワイトキューブのギャラリーで展示をしてもなんら違和感の無い作品ばかりだ。作品の販売などは現状行っていないが、18歳以上の子供の作品は今後売ることも考慮に入れているのだそうだ。近年、Atelier dell'Erroreはミラノだけでなく、ドイツやロンドンで展示を行なったりと、精力的に活動を続けている。こうした活動をきっかけに人々がアートに触れる幅が広がり、誰しもが対等にアーティストとして評価されるようになる日が来るのもそう遠くはないだろう。

 

●日本と海外のアウトサイダーアート

 私はアウトサイダーアートやアールブリュットへの興味関心がある。これは、19歳の時ドイツ留学中「アウトサイダーアート」の授業を取り、幾つか主要なアウトサイダーアート関連施設や障害者の方を対象としたアトリエの制作現場に訪れ、その想像力、表現力の豊かさに感銘したからにほかならない。今回、この場所に訪れた理由もそこにある。

 もともと「これ、面白いね」と思うものに「アウトサイダーアート」というカテゴリーに属したものが偶然多かっただけで、別にそれだけを特別視している感覚はない。しかし、どんなアートが好き?と聞かれた時に説明を簡略するために「アウトサイダーアートみたいな絵も好きだよ」と言うことはある。それは相手にわかりやすくするために使うという意味で使用する。アウトサイダーアートという言葉が、差別なのかどうか。これ対する議論は今後も続くと思うし、正解を出すのは非常に難しい。そもそも「障害者」という言葉自体が差別かどうかというものに通ずるところもある。

 これまでヨーロッパのアウトサイダーアート系ミュージアムやアトリエをいくつか訪れてきたが、少なくともヨーロッパは日本と比較して、障害者による作品を健常者が作った作品と同じように「アート」として評価できる視点をより多くの人が持っているのではないだろうか。確かにアウトサイダーアートやアールブリュットは差別的な用語になり得るが、人は言語というラベルを貼らないと会話が成立しないわけで、そうした意味ではこの言葉を使うのは悪いことではないと思うのだ。しかし、日本のアウトサイダーアートはどうやら福祉やホスピタリティと関連することが多く、障害者のアートは「アウトサイダーアート専門」の展示として実施される傾向にある。私には逆にその「庇う優しさ」が返ってその「障害者」というラベルを強調してしまっているように思えてならない。大量の作品が展示されるアートフェアでどの作品が好きか嫌いかを判断するかのように、彼らの作品も評価されて良いのではないか。何百万円もする現代アーティストの隣の彼らの作品を置いたって良いのではないか。「これ、面白いね」そんな自由でフラットな感覚でどんな作品にも接するのが私の理想である。

 

 

 

 

 

 

田中直子 Tanaka Naoko

 

2016年女子美術大学芸術学部アート・デザイン表現学科アートプロデュース表現領域卒業

2017年大学院美術研究科博士前期課程デザイン専攻アートプロデュース研究領域2年次在籍

100周年記念大村文子基金 平成29年度 第11回「女子美ミラノ賞」受賞

ドイツ留学中に出会った「日独伊親善図画」という1938年の児童画コンクールについて研究中。

学外ではライター、アートプロデューサーアシスタントとして活動中。 

Instagram. https://www.instagram.com/tanao0313/
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